任用試験教材の誤りについて

 創価学会は、昨年行う予定であった任用試験を選挙のため、突然中止した。その先延ばしとなった試験がこの6月に実施されることになったため、平成30年4月号において、試験教材が掲載された。その中で、数々の誤りがあるので、修整しておくことにしましょう。


大聖人出世の本懐について


何を言いたいのかわからない学会教学
大白蓮華 4月号 P57

 農民たちの不惜身命の姿に、大聖人は、民衆が大難に耐える強き信心を確立したことを感じられて、10月1日に著された「聖人御難事」で、立宗以来「二十七年」目にして、大聖人自身の「出世の本懐」を示されました。「出征の本懐」とは、この世に出現した目的ということです。
 この熱原の法難において、三大秘法の南無妙法蓮華経を受持して、不惜身命の実践で広宣流布する民衆が出現したことにより、世界の人々を救うための日蓮大聖人の民衆仏法が現実のものとなりました。
 このことにより、生涯をかけた根本目的、「出世の本懐」を達成されたのです。


「この世に出現した目的」を説明しない学会教学
※大聖人略年譜には、出世の本懐を明記していない!!



 弘安二年の御本尊は、本門戒壇の大御本尊と申し上げ、日蓮大聖人が出世の御本懐として、弘安二年十月十二日に御図顕になられたのであります。聖人御難事に、建長五年より、余は二十七年にして出世の本懐を遂げるとおおせあそばされています。(戸田城聖全集2)




南無妙法蓮華経について


大白蓮華 4月号 P59
 南無妙法蓮華経は、宇宙と生命を貫く根源の法です。
 
釈尊は、人々の苦悩を自身の苦悩とし、その解決法を探求しました。
 その結果、宇宙と生命を貫く永遠にして普遍である
根源の法を、自身の生命の内に覚知し、仏(仏陀) と呼ばれました。
 日蓮大聖人は、苦悩を根本から解決し幸福を開く、仏が覚知したこの根源の法こそ、南無妙法蓮華経であると明かされたのです。

 この解説だと、釈尊が本仏で、釈尊の悟った法を大聖人がお題目として顕したことになります。
 そして、この説明では、法と大聖人の関係が説明されていません。


 南無とは帰命、すなわち妙法蓮華経に絶対にしたがうという意味です。妙法とは、われわれ人間の智ではかりしれぬ不思議な法であり、蓮華の法であります。われわれは泥沼にいるのです。泥沼から咲く花は美しい、華と果が功徳となって現れる、これが因果倶時であります。経とはわれわれがありがたいと思うことです。これ自体が、われわれの運命を支配するのです。
 別な立場からこれを拝せば、無作三身如来すなわち根本の仏様であり、永遠に不変の仏の御名をいいます。末法にはいっては日蓮大聖人様であり、日蓮大聖人様御自身所有の、久遠元初のありのままの生命と力とを、大御本尊様にしたためられたのが、法本尊即日蓮大聖人様、人本尊です。すなわち人法一箇であります。
 われわれが信心すれば、日蓮大聖人様の所有の根本の力が、われわれの生命に感応して湧いてくるのです。われわれもやはり、ありのままの永遠真如の自分にかわるのです。これが「南無妙法蓮華経」の実体であります。(戸田城聖全集2)



「創価学会こそ広布の唯一の団体」について

大白蓮華 4月号 P69
 この大聖人の御精神を受け継いで、御書に仰せの通りに妙法を弘通し、広宣流布を進めてきた和合僧(仏法実践の集い)が創価学会です。

 大聖人の仏法は、戒壇の大御本尊を根本に、血脈を受け継ぐ御法主猊下に信伏随従する信仰にあります。創価学会は、大聖人の御指南に背き、御書の教えにかなった団体ではありません。


 日蓮正宗における根本は、唯授一人の血脈である。その血脈相承の御法主上人に随順しゆくことこそ、僧俗の正しいあり方である。この一点を誤れば、すべてが狂ってくるのである。創価学会は、御歴代の御法主上人に随順してきたがゆえに、永遠に栄えていくことはまちがいないと確信ずる。(広布と人生を語る3)



「創価学会の歴史」について

大白蓮華 4月号 P101
 創価教育学会は、日蓮正宗の在家信徒団体となりますが、従来の講(僧侶の指導のもと末寺に所属する信徒団体) とは、全く別の在り方をとってきました。

 昭和7年に牧口常三郎は、法華講幹事の任命を受けており、法華講員としての信仰活動を行ってきたことは明らかです。
 講解散後、創価教育学会グループとしての活動に移りましたが、牧口会長の年表で分かるように(https://www.soka-news.jp/makiguchi1.html)常に、堀米御尊師をはじめとした御僧侶の御指南を仰いでいたのです。信仰において
僧侶に頼らない独自の在り方などではありません。
 しかし、牧口会長は、後年、御僧侶と決別状態となり、3,000名いたとされる創価教育学会は会長の逮捕とともに壊滅しました。
 出獄後、戸田城聖がすぐに、堀米御尊師のもとに出向き、新たに創価学会再建を目指すこととなり、
以降、戸田会長は、日淳上人に御指南を仰ぎ、学会の指揮をとられてきたのです。



大白蓮華 4月号 P109
 昭和52年(1977年)ごろから、宗門の末寺等で、僧による理不尽な学会批判が繰り返されました。第1次宗門事件です。そこには、反逆者が僧と結託し、広宣流布の指導者である池田先生と会員の師弟の絆を分断し、学会を自在に操ろうとする謀略がありました。
 池田先生は、その攻撃から会員を守り、僧俗和合を図ることができるならと、昭和54年(1979年)4月、会長を辞任して名誉会長となり、事態の収拾に努めました



 池田会長は、当時、「仏教史観を語る」の講演で、日蓮正宗に反する考えを会員に植え付け、さらには、勝手に板御本尊を模刻しました。これが、52年路線といわれるもので、池田会長自身が起こした事件です。その責任から、会長を勇退したに過ぎません。


書籍紹介ほか

学会情報を読む

  • 「黒い手帖」裁判全記録

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  • 司法に断罪された創価学会

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    学会員には知らされない、司法で断罪された事例の数々。

  • 創価学会秘史

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    創価学会が封印した真実の歴史。

  • パナマ文書に
    SOKA GAKKAI, INC.

    宗教法人が租税回避地に謎の法人設立?

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