新会員の友のために 創価学会入門


創価学会が重大な歴史改ざん

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 創価学会は新入会者のために、学会の基本を説明した入門書を平成28年8月に発行した。
 この入門書の前の改訂版からも、学会は様々な歴史の改ざんを行っているが、あらためて、創価学会による重大な改ざんを検証してみよう。


三代会長の日蓮正宗入信を削除

三代会長の「日蓮正宗入信」を歴史からなんと削除している!

初代・牧口会長
28年(昭和3年)、57歳の時、日蓮大聖人の仏法に帰依し、戸田先生とともに剔価教育学会を創立しました。 (140ページ)

二代・戸田会長
28年(昭和3年)に牧口先生とともに日蓮大聖人の仏法に帰依し、創価教育学会の創 立後は、理事長として師を支えました。 (142ページ)

三代・池田会長
戸田先生の人格に感動した池田先生は、その10日後の24日、創価学会に入会しました。 (145ページ)


同様に創価学会公式サイトからも削除
450億円を会員から集めた正本堂建立まで削除!
破門(魂の独立)も明記せず!


2016年11月現在

三代会長の日蓮正宗入信をなぜ隠す!
正義の団体を名乗るのなら堂々と明記しよう!


創価学会に信仰するものは無い!

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戸田会長指導(質問会で)

Q.「私は日蓮正宗の信者であって、創価学会の信者ではないと思っている」

A.「創価学会の信者なんかあるわけねえじゃないか。 みんな日蓮正宗の信者だよ。」
(「戸田城聖先生の教え」レコード盤 昭和36年1月刊行)


自己も世間も欺く創価学会

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「指導者は民衆に迎合するために自己を欺いてもなりませんし、自己の信念を通すために民衆を欺いてもなりません。どこまでも、真実と誠実とを根本としていかなければならないわけです。もし、自己に対しても民衆に対しても欺瞞があったならば、彼はその瞬間から指導者としての資格を失うといっても過言ではありません。そして、権力の座を保持することに終始する政治家ほど、社会にとって迷惑な存在はありません」(『二十一世紀への対話』池田大作 アーノルド・トインビー)






本尊感の変遷 ー「人法一箇」を捨てた学会狂学ー

御本尊は、宇宙の根源の妙法である南無妙法蓮華経を体得された御本仏・日蓮大聖人の 御生命を文字にあらわしたものです。(29ページ)

「南無妙法蓮華経」の題目や、勤行で読誦している経文は、仏の世界に通じる"言葉"であると考えればよいでしょう。(32ページ)



【支離滅裂な学会の本尊感】

平成5年5月3日、
池田名誉会長は、「宗教の究極は、板曼荼羅ではなく、久遠元初の法である」と本尊感を発表。これが、現在の学会教学の根本であるはずです。

 この池田狂学に習い、学会はこの一年ほどの教学書籍において、「人法一箇」を削除し、「根源の法」が信仰の根本としてきた。(※説明もなく変更しているので、会員はこれすら気づいていない。) 
 しかし、ここでは、「人法一箇」は捨てたものの、それに代わる表現に戻しているようである。現時点で、創価学会の本尊感は定まっていない。


ちなみに、平成27年6月発行の「教学入門」では
「自ら覚った妙法をそのまま説く自受用身の仏は、境智冥合の姿そのものといえます。人と法が一体不二であるので、人法一箇・人法体一ともいいます。」と明記しております。


勤行要典祈念文では〝法本尊偏重〟
 創価学会の教義の基本は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他にわたる題目を唱えることにあります。大聖人は、御書において、根本の法である南無妙法蓮華経をと御教示されており、それを御本尊としてあらわされました。(44ページ)


「心に刻みたい御書の一節」の章では
御本尊は、御本仏である日蓮大聖人御自身の命そのものです。(74ページ)



このように、学会狂学では「法が根本」「御本尊は大聖人の命」と説明を繰り返しているのです。
会員の皆さん、かつての学会は明確な本尊感を指導していたのではないですか?

日淳上人御指南
「要は法華経とは寿量品文底の三大秘法でありまして、その実体は大聖人の大曼荼羅本尊にあらせられるのであります。ここに注目すべきは、妙法蓮華経は宇宙の真法であって天地間に遍満しておるというものがありますが、それは理性でありまして、報身も欠如しており因行果徳も具わらないのであります」(大日蓮 昭和30年5月号)


信じる対象を見失った創価学会では、悪業を積み重ねるだけです!



明瞭に説明していたかつての本尊感

昭和52年発行「創価学会入門」より引用

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 事実、同じ南無妙法蓮華経と唱える日蓮宗各派も、日蓮正宗を除き、この御本尊をまったく忘失してしまった結果、大聖人の仏法を、釈迦仏法と同次元におき、生き生きとした仏教の精神を喪失しているのです。 まことに本尊こそは、仏法の究極であり、最大の眼目です。しかして
日蓮大聖人は、本門戒壇の御本尊を建立されたことをもって、自らの出世の本懐を遂げたと述べているのです。


 日蓮正宗第二十六世日寛上人は「観心本尊抄文段」の最後の結論部分で「我れ等此の本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身即一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」と述べています。御本尊を信じ、題目を唱えていくならば、我が身が即、事の一念三千の御本尊の当体となり、日蓮大聖人の生命それ自体が湧現してくるとの意味なのです。 すなわち完全に
大御本尊と境智冥合していくならば、宇宙生命そのものである大御本尊と同じ力、日蓮大聖人と同じ力がわいてくるということなのです。
ここに日蓮大聖人の仏法が、誰人もできなかった真の平等を確立した大宗教であることが明瞭になってきます。

日蓮大聖人は、弘安二年十月十二日、一閻浮提総与の大御本尊を建立したことにより、自らの出世の本懐を遂げました。三大秘法総在の本門戒壇の大御本尊の出現によって、大聖人の仏法は完結したのです。ところが
大聖人は広宣流布の暁に本門の戒壇を建立せよ、と遺命されているのです。
(中略)  

 したがって、大聖人の仏法の本義からいえば、本門戒壇の大御本尊をご安置し、唱題にはげむところが、本門の戒壇なのです。 (中略)

 もしこの本門戒壇建立の構想がなければ、大聖人の仏法は、大聖人滅後、いたずらに信仰者だけの専有物となり、社会から遊離し、ひいては現状打破への、なんらの気力もない宗教に陥っていたかもしれません。この本門戒壇の構想がある故に、大聖人の仏法は、時代、社会の救済の原理として、また不断に既成の体制を変革していく原理を含んだ潮流を形成することができるのです。  
 現在、日蓮宗と名のる宗派は多数あります。しかし彼等には、大聖人の仏法の中心である本門の本尊もなければ、実践論の目標である本門の戒壇もありません。根本の思想なく、また実践の方途のない宗教に、民衆を力強く再生させるなんの術もないことはいうまでもありません。




書籍紹介ほか

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    第1章 安保法制容認は名誉会長の意思とは真逆だ
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