創価学会創立は11・18ではなかった!?

 創価学会の創立は、昭和5年11月18日とすることは、学会員であればほとんどの人が知ることである。
 学会の公式ホームページには「創価学会は、1930(昭和5)年11月18日、牧口常三郎初代会長と戸田城聖第二代会長(当時理事長)によって創立されました。この日は、牧口会長の 『創価教育学体系』第1巻が発行された日です。同書の奥付に戦前の会名「創価教育学会」の名称が初めて現れたことをもって、この日を創価学会創立記念日と しています。」と説明しているのだが、真実は違うようだ。この点について、この度、発行された『創価学会秘史』で言及されているので紹介します。

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『創価教育学体系』第一巻の初版本は比較的多く残されており、現在、少なくとも二十ヵ所近い大規模図書館で公開用に所蔵されている(ちなみに創価大学図書館は公開用に所蔵していない)。
じつは、そのうち国立国会図書館のものを見ると、そこに記されている発行日は十一月十八日ではなく、五日後の十一月二十三日となっているのだ。よく見ると、もともとの印刷を上から修正したものであることが分かる。扉に戻って見てみると、一九三〇年十二月二日付の「内交」印がある。
 当時は出版法による検閲制度があり、発行者は発行日の三日前までに内務省に対し現物二冊を納本しなければならなかった。そして、納本された二冊のうち一冊は検閲後、上野にあった帝国図書館に交付されていた。それがいわゆる内交本である。今日、国立国会図書館が所蔵するのはまさにそれだ。この検閲制度のため当時、書籍の印刷日は納本日を意味することが通例で、それはだいたいにおいて発行日の三〜五日前に設定されていた。『創価教育学体系』第一巻の場合、印刷日は発行日の三日前、十一月十五日である。
 そうした当時の事情から読み解くと、おそらく『創価教育学体系』第一巻は何らかの理由で当初予定していた十一月十八日を発行日とするスケジュールに間に合わなかったものと思われる。予定どおり刷り上がったものの納本の手続きが遅れたか、あるいはもはや活字の組み直しができない鉛版までつくったところで印刷作業が遅れたか、いずれかだろう。どちらにせよ、牧口らは印刷後に発行日だけを修正して納本したのである。修正後の発行日から推測するに納本日は十一月二十日だった可能性が高い。
 本が出来上がったのに納本手続きだけ遅れたというのは考えにくい。活字の組み直しが利かないなか、苦肉の策として発行日だけを印刷後に修正したと考える方がしっくりくる。となると、今日、創価学会が創立日に関し唯一の拠り所とする『創価教育学体系』第一巻だが、十一月十八日の時点ではまだこの世に存在していなかったのかもしれない。


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