昭和61年

1986.3.21
聖教社説「彼岸の意義を考える」
「現在では彼岸の時期だから寺院に参詣し墓参りをするというように、完全に慣習化、風習化している。しかも、仏教における彼岸の本義とはかけ離れて、先祖を回向するどころか、反対に苦しめている結果にさえなっているのでる……彼岸の本義を知った私達は、誤った宗教に迷っている人々に、自身も先祖もともに正しく彼岸に至る道を教えていかねばならない。彼岸にあたって、日蓮正宗寺院に参詣し、塔婆を立てて先祖を供養するとともに、広宣流布ヘの一層の精進を決意していきたい」(聖教61・3・21)
1986.4.16
智妙寺落慶入仏式(千葉)
日顕猊下「しかし、このような状況が出来た時に、さらに寺院を建立して末法万年の広宣流布のために御供養するということは、到底、普通の人ではできうるものではありません。その点、特に法華講総講頭・池田先生ほか創価学会の幹部の方々、また一般会員の方々が、この大聖人様の仏法、そして日蓮正宗をどこまでも護り、広宣流布をしていくこと以外に人類の幸せはないという深い信念においてこのような供養をしてくださっておるということを、私は有り難く存じておるのであります。まことに深い実相の上からの信解があればこそのことと思うのであります。」(聖教61・4・17)
1986.5.11
本部長の集い(神奈川文化会館)
池田「…学会にあっても、幹部でありながら退転し、悪意から妙法の同志を非難した者がいた。御教示に照らし、彼らが敗北の人生を送りゆくことは間違いない……法水写瓶の血脈にのっとった信心でなければ、いかなる御本尊を持つとも無益であり、功徳はないのである。すなわち『信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり』なのである。日蓮正宗を信奉し広布に挺身する創価学会には、『信心の血脈』が脈動している。また組織の中で信心活動に励むところに、『信心の血脈』があると確信する…」(聖教61・5・13)
1986.5.18
学会本部常住御本尊御下付35周年記念勤行会(学会本部)
池田「この学会本部常住の『大法弘通慈折広宣流布大願成就』の御本尊は……総本山大石寺において、御法主日昇上人より、直接、戸田先生に御下付いただいている……私が御下付いただいた御守り御本尊も、戸田先生が会長に就任した昭和二十六年五月三日の、日昇上人おしたための御本尊である……日昇上人は第六十四世の猊座に登られた方で、御歴代の御法主上人は、みな学会を深くご理解くださっていたが、ことのほか学会を愛し、大切にしてくださった。そのお人柄、お振る舞いは、まことに敬い、尊ぶべき猊下であられた…(聖教61・5・19)
1986.5.26
聖教社説「異体同心で新章節の建設へ」
「今日までの学会の勝利と栄光の歴史は、この御本仏の御金言通り、大御本尊を根本に、御法主上人の御指南を仰ぎつつ、歴代会長を中心にした、麗しき『異体同心』の歩みの中につづられてきた」(聖教61・5・26)
1986.6.8
千葉県本部長会(千葉文化会館)
◇聖教文化賞など5賞の合同授賞式
池田「‥宗教にせよ、政治にせよ、民衆を蔑視する指導者は多い。しかし、現代は、もはや民衆を抜きにしては何もできない時代である。政治も経済も教育、文化等々も、すべて民衆が主役の社会となってきている。民衆を軽んじ、侮蔑していくような指導者は、全くの時代錯誤の存在であると言わざるを得ない‥‥宗教の権威をかさにきて、表面的にはさも立派そうにみせながら、その実、信者をへいげいしている宗教家も多い。信者をあたかも自分の家来のごとく扱い、何でも自分のいうことをきくのが「善男善女」だと思っているフシすらうかがえる。これは実に恐ろしいことである。とんでもない錯誤であると言わぎるをえない。私どもは、そうした姿が宗教本来の在り方からどれほど隔たっているかを、鋭く見破っていかなければならない…」(聖教61・6・10)
1986.6.10
池田、10年ぶりに高尾墓園へ(東京)
「名誉会長は、牧口初代会長、戸田第二代会長はじめ北条第四代会長等の歴代会長の墓所に詣で、厳粛に唱題するとともに、同園にねむる妙法の同志にも追善の唱題をし、冥福を祈った」(聖教61・6・11)
1986.7.6
衆参ダブル選挙  衆院で57議席
1986.7.28
法華講連合会夏季総登山会(総本山)
1986.8.6
全国代表者懇談会(東京・創価学会新館)
池田「…御本尊からみれば、また長い日でみれば、信心の世界は、所詮、本物しか残らないものだ。傲慢や詐親やひとりよがり等々、メッキはいつかはがれていく。妙法の力で、また多くの人に守られて、指導者としての活躍があることを忘れることなく、謙虚に自身を見つめ、信心を深めていってほしい…」(聖教61・8・7)
1986.8.24
各部代表者合同研修会(東京・広宣会館)
◇SGI文化賞、各賞の授賞式 池田「…私は、昭和二十七年にささやかな結婚式をあげ、三十五年五月三日に第三代会長に就任した……会長就任といえば、世間一般で考えるならば、家でもタイやお酒などを出し、祝うのが普通である。しかし、我が家の場合は違った。妻は、葬式を出すような思いでその日から私のことは亡くなったものと考えている―とのことであった。それが私の会長としての出発であった……中心者、指導者の信心が純粋か否か。またその行動、振る舞いが、慈悲深く立派であるか否か。ここに学会の団結の永遠不滅を決する一つの要諦があることを知らねばならない。もしも万が一、日昭など五老僧が法の付嘱を受けたならば、大聖人の御入滅後、いかなる事態となったか。そこに連なるすべての信徒は結局、破仏法の徒となり、全員が堕地獄の道を歩むことになってしまう。中心者の信心の狂いとは、それほどに恐ろしいものである。次元は異なるが、我が学会においても、同じ方程式にあることを銘記されたい…」(聖教61・8・25)
1986.9.11
9月度全国県長会議(広宣会館)
太田昭宏が総合青年部長、浅見茂が青年部長、忍田和彦が男子部長、林総一郎が学生部長に就任(聖教61・9・12)
➡その後、太田は国政へ。最初と委員長の時に落している。
1986.10.2
第2回総本山大石寺開創七百年記念慶祝総合会議(総本山)
池田「…ただ今は猊下より、甚深の意義を合めて、六壺の新築という、まことに開創七百年を飾る記念事業の要ともなるべき御決定があり、これ以上の喜びはありません。ここに全信徒を代表いたしまして、この新六壺の建設に呼応して、その前庭ともなる大客殿前の広場を、大化城の跡地も合めて拡張、整備するなど、猊下の御指南を仰ぎつつ、荘厳申し上げたいと発願するものであります…」(聖教61・10・3)
1986.10.5
第7回世界平和文化祭(愛知体育館)
◇御法主日顕上人、SGI会長が鑑賞(聖教61・10・6)
1986.10.29
範昭氏 池田名誉会長と再び面会。
池田名誉会長 青年会員から遁走
学会本部敷地に本部職員の手配で案内された範昭氏は池田氏が到着するのを待機。ようやく到着した池田氏は車から来賓をともない上機嫌に下車し本部入り口へ向かい歩きはじめた。「先生、大事なお話があります」と範昭氏が呼びかけるなり、池田氏は「わかった、わかった」と言い、右往左往し遁走する醜態を周囲にいた者たちが目撃することとなった。 この面会は実際には太田青年部長への面会であったが、目的は池田に前年渡した質問状の返事を聞くため。 太田青年部長は範昭氏が前年来、問題を起こしたことで、学会首脳からの逆鱗に遭っていたが、範昭氏と会って話し会い、その後、本部内で「彼は皆が心配するような人物ではないですよ」と発言。これで池田氏から怒りを買い、衆院8区の立候補となり落選する。
 
元本部職員・小多仁伯氏 NHKのオペラ講演に観劇していた池田氏に「センセー、大変ご無沙汰しております!」と対面する。このことで、内部からマークされることになる。この目的は以前から学会に疑問を感じていたことを直接、伺いたいというものだった。
1986.11.2
創価班・長城会第1回合同総会(池田出席)
◇名誉創価班章などを授与
池田「…現在もさまざまな分野で『世襲制』は存在している。しかし、学会の世界では世襲制は全くないし、これからも、断じて排していくべきであることを銘記していただきたい…」(聖教61・11・3)
1986.11.16
創価学会創立記念日勤行会(学会本部)
◇広布功労賞などを授与
池田「…学会本部は、昭和三十八年の建設以来、本格的な改修はほとんど行われなかった。その間、総本山の荘厳、寺院の建立寄進、各地の会館の建設に力を尽くしてきた。しかし二十数星霜を経て、雨もりするところも出るなど、古くなってきたし、また学会にとっても、学会常住の御本尊のまします最重要の建物であるし、今回の改修となった……学会本部は質素で、小さくてよい―これが私の信条である‥…なかでも、昭和三十八年、学会本部の建設に当たって、会長室は一番質素に、と強く申し上げた。今回の改修でも、常住御本尊のまします仏間を荘厳申し上げ、他の場所も、新しく改修したが、会長室だけは、今まで通りである…」(聖教61・11・17)
➡聖教新聞社には9億円掛け改装された池田専用の部屋があると暴露されている。
1986.11.20
宗祖日蓮大聖人御大会式(総本山)
猊下「…近年、創価学会の勇猛精進の大折伏により、この正法正義が世界に広布することは、まことに釈尊の予言、宗祖大聖人の御金言、符節を合するところであります。この正法流布の功徳はまた、算数譬喩も能わぎるところであります…」(大日491) (聖教61・11・22)
1986.11.29
東京、神奈川本部長記念合同研修会(東京・広宣会館)
◇SGI文化賞、聖教文化賞の授与
池田「…先日、東大、京大、慶応、早稲田、創大、お茶の水女子大、日本女子大など十数校の学生達が懇談していた。信心をしている学生もいたし、していない学生もいた……その中で私が興味を引かれたのは、宗教観についての論議だった。面白いことに現代の若者は、企業のイメージと対比させながら語っていた。つまり、今日、発展している企業は『トヨタ』『ホンダ』『ソニー』……など、非常に近代的センスに富んだ名称を使っている。それに対して、『××工業株式会社』などという名称は、古くさくて、親近感がわかない。宗教も同じような気がする『浄土真宗』とか『真言宗』『日蓮宗』『仏立宗』……などと聞くと、古いイメージであるし、冠婚葬祭の宗教という感じがする。宗教としての寿命が尽きているというのだ。そこから数々の新宗教が生まれ、それらに代わって人々の心をとらえていくのもやむをえないだろう。時代は『宗』というよりも『会』の方が現代的であり、民主的であって、その方がよいという結論であった。そのとき、創大生は『既成宗教の全部がダメだというのは当たらない。日蓮正宗はそうではない。創価学会の外護もあって、今や世界的に発展している』と語っていた。それを聞いて、私もホッとし、救われる思いがした。今の学生達の話ではないが、『創価』という名は、近代性を踏まえた名称となっている…」(聖教61・12・1)
1986.12
竹入に代わり、矢野委員長体制発足
➡竹入、矢野の二代に渡る公明党委員長は、後に二人とも脱会し宗門へ復帰。
1986.12.13
池田、ノリエガ将軍と会談(聖教新聞社)
「会談では、一年半ぶりの再会を互いに喜びあうとともに……席上、将軍に対して『創価教育栄光賞』が、またパナマのチュー理事長に『聖教文化賞』が贈られた。なお、この日午後、同将軍は総本山大石寺に詣でた…」(聖教61・12・4)

昭和62年

1987.1.1
聖教 新年の辞「正義と平和実現に一層の進展を」
日顕猊下 「現代は仏教において末法という時代であり、闘諍言訟の悪世とされております。人智の発達は空前の物質文明を招来し、人々はこれに心酔していますが、かえってこれが未来に恐ろしい深淵の口を開けていることも留意すべきであります。そして、人心は物質の充足にもかかわらず荒廃し、自我より発する種々の欲望的行動により、尊い自他の命を傷つけている姿が、世界および社会的現象のなかに多く存在しています……正法の興隆、そして世界において創価学会が正義と平和の大目的実現にいよいよ進展されること、および皆さま方のご健康、ご精進を祈り、新年の辞といたします」(聖教62・1・1)
1987.1.2
第2東京新春代表者会議(学会本部)
池田「…私は、この二日で、五十九歳となった。完全に学会の宿命を転換したと確信している。ともあれ昨年は、五十八歳という大きな節を乗り越えたことは事実である。ゆえに、ますます広宣流布の前途は、洋々と開け、皆さまと共に希望に満ち満ちた一年の出発となったことを確信している…」(聖教62・1・5)
1987.1.20
第一回大石寺開創700年記念出版御書編纂委員会開催(宗務院)
1987.1.21
池田の長兄、池田増雄(69歳)死去
【池田氏は葬儀告別式を欠席(諸君62・4)】
1987.2.2
NSA世界平和池田講堂開館記念勤行会(ロサンゼルス)
池田「…皆さまの真心によって建設された、この平和講堂に御安置の御本尊は、御法主日顕上人より『世界平和広宣流布大願成就』とお認めいただいた大変に意義深い御本尊であられる…」(聖教62・2・5)
1987.2.3
創価大学ロサンゼルス分校(SULA)開所式(同校内)
(聖教62・2・5)
同3日、ネバダ核実験場で地下核実験。アメリカに滞在中の池田は核廃絶に一言も触れず。
1987.2.14
第一回SGIパン・アメリカン諸国会議(マイアミ)
1987.2.17
パナマ・ノリエガ将軍と3度目の対談(パナマ)
池田から将軍に「創価学会栄光賞」、将軍から池田に国家勲章「バスコ・ヌニュス・デ・バルボア勲章」をそれぞれ贈る。また、将軍は「ミラードールイケダ(池田展望台)」を池田に。
➡池田は富士宮白糸研修所に「ノリエガ庭園」を造成(ノリエガ逮捕直後に隠滅)
1987.3.10
池田、森田ら登山(総本山)
猊下にお目通り 「一カ月にわたる海外訪問からの帰国のごあいさつとともに、種々、御報告申し上げた模様である」(聖教62・3・11)
1987.4.7
御霊宝虫払大法会(総本山)
日顕猊下「通常、他の多くの御本尊は、大聖人の御弟子、または檀信徒への授与の場合、その名前をお認めあそばす授与書きがありますが、これは個人に賜った、いわゆる一機一縁の意味であります。かの六老僧中、日興上人を除く五人までは個人授与の本尊が残されていますが、日興上人に対しては個人授与の本尊は全く残されておりません。すなわち、それは存在しないのであります。その理由は、大聖人、日興上人が唯我与我一体の御境界にわたらせ給い、その上から一期御化導の中心根本をなす、末法万年の一切衆生救済に関する大事な御本尊を広宣流布のために日興上人に委ねられたからであります…」(大日495)(聖教62・4・8)
1987.4.16
ほかの立正佼成会や天理教は、全部教祖がふところに入れて、さもりっぱそうな大聖堂だとか、やれ病院だとか、こんどは天理教あたりは七階建てとかで、地下四階の大きい本部をつくって、東京進出のビルをつくるとか、そんなことばかりやっている。悪い連中です。本当に悪い、じっさい、宗教に無知な人が多いから、みんなだまされて、カネを取られている、それで教団の勢力を張っているわけです。 私が本部を作る。それからいろいろと東京や関西にも本部をつくって、第一本部、第二本部とつくっておきますし、これからもつくる準備もしておりますけれども、いっさい、皆さんからは永久に一銭もとらない、これが私の精神です」聖教新聞・池田氏指導
 
池田氏 会館私的利用料不払い発覚
池田氏は87年から4年4ヶ月に渡って、学会所有の学会第二別館(敷地2,149平方メートルに鉄筋コンクリと総檜造りの地下1階、地上2階、3億円の建物)に寝泊まりするという私的利用に家賃を払っていなかったことが発覚。『滞納分2,600万円を払ってもらい、これ以降も毎月、払ってもらっている』と担当幹部は証言した。
1987.5.8
富士宮圏記念幹部会(静岡・富士富国際文化会館)
池田「‥この富士宮の地は、総本山大石寺に本門戒壇の大御本尊のまします、世界で、最極の国土である。そして、全世界の友が、正本堂に参拝し、また信心の清流を求め登山してくる。仏法上、これほど尊く重要な地域はない‥」(聖教62・5・10)
1987.5.13
聖教社説「学会の伝統精神を胸中深く」
「五月三日の記念式典の際、名誉会長は宗祖・日蓮大聖人、開祖・日興上人、第二祖・日目上人と、三代にわたる血脈付法の師弟の御姿は、日蓮正宗の根源であり、正宗の清流である……初代会長から二代会長、二代会長から三代会長と、原点となる三代にわたっての師弟の道は厳然としている。ここに学会の最高の誉れがある。この学会の伝統精神は、いかに時代が変わり、社会が変わろうと、絶対に変わってはならない」との心情を述べた。私達は、この学会に貫かれた人生の師弟の精髄を確認し、更に信心の深化に取り組んでいきたい」(聖教62・5・13)
1987.6.19
龍年光 森田理事長会談(品川会館)
「今後は会館に池田の名前をつけない」 と断言した。いやしくも宗教法人の理事長の約束であるから、私は信じることにした。ところがその後、会館ばかりか、墓苑にまで池田の名をつける始末。(平成3年4月4日号 週刊文春)
1987.6
アメリカ創価大学創立
カリフォルニア州に広大な敷地を有し、豪華にして立ち入りを許されない池田特別室が存在する。2002年に元美術教授・リンダ・サウスウェル氏が「カリキュラムにはカルト信仰とカルト的なものの見方を反映したもの」と大学を訴えたことがある
1987.7.4
第1回東北幹部記念総会(宮城・東北平和会館)
池田「…墓石の大きさや、墓地の規模によって、成仏が決まるわけではないし、人間としての偉大さが測られるわけでもない。いまだに権威や財力によって墓の大小を競うような風潮も絶えないが、純粋な信心の世界にあっては、決して、そういうことがあってはならない……学会でも、各地に基苑がつくられている。これも、多くの方々の要望によるものであるが、学会の墓苑の在り方は、墓石の大きさ、墓の規模といい日有上人の仰せられた仏法の平等観にかなったものとなっている……墓地の歴史は、現在、大きな転換期を迎えているといわれている。つまり、かつての薄暗い墓地のイメージから、『明るさ』への志向がみられるのである。その意味で、学会の基苑は、その先取りといってもよい……まさに新しい時代の象徴ともいえる墓苑となっているのである…」(聖教62・7・6)
1987.8.22
男子部八月度全国幹部会(東京・荒川文化会館)
人事発表 副青年部長に池田博正氏
1987.9
学会墓地事業に地元の反対運動
この月、完成にこぎ着けた群馬県渋川市の「はるな平和墓苑」には住民有権者の6割の反対運動が起こるも強行に建設を行った。学会の墓地建設には各地で反対運動が起こっている。【資料➡】
1987.9.18
第336回本部幹部会(愛知・豊橋文化会館)
秋谷「かつて正信会の徒が学会のことを謗法呼ばわりしたが、結局、自ら御法主上人の血脈相承を否定するという最大の謗法を犯しその本性を暴露した‥‥祭りに対する基本原則を考えていきたい。
①謗法厳誠の姿勢を堅持し、主催の中心が神社や寺院である場合には、はっきりけじめをつけ参加すべきでない。
②宗教色がなく、地域の祝い事や民俗芸能から出たものや、地域振興等で催された祭りについての参加は差し支えない‥(聖教62・9・21)
1987.10.21
九州代表者会議(福岡研修道場)
池田「…私どもは御本仏の御遺命である、この『事の戒壇』の建立に全身全霊を捧げた。すなわち『正本堂』を私の発願により、皆さま方のお力で寄進建立申し上げた。これも、すべて法華経の経文通りの行動であることを確信していただきたい。この正本堂こそ末法広宣流布の『根本道場』である…」(聖教62・10・22)

昭和63年

1988.1
田代富士男参院議員 砂利船汚職で辞職
 
池田の外遊に際し、外務省に便宜供与を要望
原田稔事務総長(当時)は外務省 官房長・小和田恒宛に海外での特別待遇を望む要望書を提出。閣僚級に次ぐVIP待遇を受けることに。
1988.2.4
米国 ノリエガを「コロンビア麻薬密売組織と結託して、麻薬密輸に関与していた」として起訴
1988.3.21
聖教社説「先祖供養の真義について」
「日々の唱題、日々の実践がそのまま、到彼岸の修行であり、先祖への追善供養となっている……春分、秋分の日は、昼夜の時間が同じである。仏法上、陰陽同時、善悪不二を表す時節に善根を積むことはまことに意義深いのである。その意味で、このお彼岸を期して、塔婆を立てて先祖に供養するとともに、広布への一層の決意をもつて、追善回向の唱題に励み、亡き方々も自身もともに大きな福徳善根を積む機会としたい」(聖教63・3・21
1988.3.24
第1回和歌山県記念総会(和歌山・関西研修道場)
池田「私事になるが、我が池田家の一族についても、父も母も、また兄も次男も、みな本当に安らかな死を迎えている。だれ一人、苦しんだ者がいない。私は、この厳たる事実を、懸命な護法の実践による″与同利益″であると確信し、感謝している…」(聖教63・3・27)
1988.4
第1回全国婦人部幹部会
学会の象徴である三色旗発表。創価学会では赤=勝利、黄=栄光、青=平和を象徴する。
1988.4.22
中央会議(東京・創価文化会館) (聖教63・4・23)
「除名退転者名簿」を発表
1988.4.26
宮本邸盗聴裁判、控訴を棄却
「宮本顕治共産党議長邸の電話盗聴事件をめぐり、宮本氏が故北条浩氏らを相手取った損害賠償請求訴訟の控訴審判決が東京高裁民事四部で言い渡された。村岡二郎裁判長は慰謝料百万円の支払いを命じた第一審判決を支持し、故北条氏側らの控訴を棄却した」(聖教63・4・27)
1988.5.10
公明党・議員・大橋敏雄氏 手記「池田大作への戦線布告---党と学会を私物化する彼にもう我慢できない」を発表
➡直後に、団体からの不正な金銭3310万円を収受した。不正常な女性問題があったとデッチ挙げられ除名、迫害に遭う。事実は不正献金の事実は無く、女性問題も、地元婦人部が大橋氏から貰ったものとして、ラブレターを捏造したもの。今回の問題で、池田氏が「大橋を潰せ!、藤原は恩知らず!」と幹部に命じたテープが撮られ藤原行正氏へ送られる。
1988.5.25
元検事総長 伊藤栄樹氏死去
生前にこのような言葉を残したとされる。
『この日本国のなかに三人の大悪人がいる。児玉誉士夫 田中角栄 そして池田大作である』
1988.6.10
国連栄誉賞表彰
1988.6.14
「政教分離」の原則を堅持
「‥現在、一部に名誉会長の党の支配とか、私物化など云々する向きがあるが、そのようなことは全くない。根拠のない、いいがかりであり、意図的な中傷という以外にない。今日まで学会と党は、必要に応して連絡のための話し合いをもち、連携をはかってきた。しかし対外的には、学会と公明党の関係がわかりにくいとの声もあり、党からも要請があったので、今後は、定期的な『連絡協議会』を設置するよう、党と話し合いたいと思っている。今回の大橋議員に対する公明党の処分については、党として慎重に調査、審査のうえ決定したものと聞いており、尊重したい。また、決定については、処分事由からすれば当然と思う…」(聖教63・6・15)
➡学会が公に認めていた政教一致との違いな何なのか?それは、議員が学会の幹部職を兼任しないだけの違いであり、両者の関係は何一つ変わっていない。つまり、社会を騙しているわけである。
1988.7.17
学会 学園正門前で暴力事件
創価学園で催された「栄光祭」に出席した池田氏をキャッチしようと、学園門前に待機していたマスコミ各社の記者、カメラマンに対し、学会、学園関係者が、集団で暴行に及んだ 小林校長は報道陣を「ブラックジャーナリスト」と罵る。
 
「財務の日」(7.17)と命名
1988.10
公明党池田克也議員、リクルート疑惑で辞任
1988.11
評論家・山本七平氏は池田氏を評して「この人物の異常さは宗教史上類例を見ない」掲載。(『文藝春秋』昭和63年11月号)
1988.11.24
第4回全国婦人部幹部会(東京・広宣会館)
池田「‥日達上人は、御法主日顕上人に血脈付法され一切を相承なされた。近年、各地で純真な仏子である学会員を理不尽にもいしめ抜いた正信会の悪侶らは、御法主日顕上人に背いたばかりか、日達上人のお心を踏みにしった。その行為は大聖人に弓を引き、自らを『仏敵』におとしめてしまうものである。その罪はまことに大きい‥‥私どもは、少々の難や障害に紛動されてはならない。どこまでも大聖人の御金言のままに、また、代々の御法主上人の御指南通りに″勇気凛々″と朗らかに進んでいけばよいのである…」(聖教63・11・26)
1988.12.12
学会内部告発本出版 『池田大作 政教支配の実態』(創価学会内部改革派憂創グループ・エスエル出版会)
1988.12
矢野委員長 明電工疑惑で追及される
 
衛星中継始まる
この年頃から、これまでのカセットテープ、レコードなどの音声鑑賞から衛星中継で指導が聞けることになる。

昭和64年

1989.1.7
昭和天皇崩御。1月8日から平成へ



書籍紹介ほか

学会情報を読む

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  • 司法に断罪された創価学会

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    学会員には知らされない、司法で断罪された事例の数々。

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  • パナマ文書に
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  • 公明大臣が核兵器利用容認

    安倍内閣は
    「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」
    と核兵器容認を決定した!

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