創価学会と公明党

永遠に一体不二の関係

衆院選出馬について

●戸田会長の言葉
昭和31年7月29日号 
「週刊朝日」 「衆院選には候補者を立てない

昭和32年7月7日
「わしの力あるかぎりは、断じて政党などやらんぞ」

●池田会長の言
昭和35年6月10日
「創価学会は衆院選には出ません。なぜかならば、あくまでも宗教団体ですから」

昭和36年6月1日
「われわれは政党ではない、ゆえに、けっして、衆議院にその駒を進めるものではない。衆議院ならびに地方議会等、その本質にかんがみて、政党色があってはならない分野に、人材を送るものである」

昭和39年5月3日
「公明政治連盟を一歩前進させたい。すなわち、公明政治連盟をば、皆様方の賛成があるならば、王仏冥合達成のために、また時代の要求、民衆の要望にこたえ て、政党にするもよし、衆議員に出すもよし、このようにしたいと思いますけれども、いかがでしょうか。(中略)恩師戸田先生も、時きたらば衆議院へ出よ、 とのご遺訓があったのです」


学会と公明党の関係 池田大作氏が語るホンネ
「創価学会と公明党は、永久に一体不二の関係」『池田大作全集』第一巻

「公明党と学会との関係は絶対にこちらが上だ。世間は馬鹿だから、議員が偉いと思っている」第50回 社長会

「警察だって、動かしているのは竹入・井上だよ」第13回 社長会


公明党の目的
「政治進出は戒壇建立のための手段では絶対にない。あくまでも大衆福祉を目的とするものであって、宗門、学会の諸活動とは無関係であることを、再度、確認しておきたい。よろしいでしょうか。(全員挙手) 昭和45年5月3日 第33回本部幹部会

池田大作氏が政教一致発言
「こう言うと、また政教一致と言われるけどね。教義を実現するためには、政治の力が必要です。そういう目的で公明党を作ったのだから。それは変わらないですよ」平成6年9月14日 記者懇談会での発言

公明の内部極秘文書 <公明会の基本的あり方>抜粋  
 我々は公明党創立者である池田先生のもと弟子の道を再確認し、ここに公明会を結成する。我々は創価学会を守り、池田先生のもと、広布流布を目指し決意も新たに前進するため、下記の方針に基づいて戦うことにする。  

 元公明党委員長・神崎氏はかつて 「"いざ鎌倉"というときには率先して学会を守り、学会を推進していくのだという幹部にならなければならない。」 (1967年、学生部がまとめた文集「グレートイーグル」より)


公明党の人事
池田の独断で決められていた公明人事

 三年先の参議院は北条、柏原でやろう。衆議院もそろそろまとめよう。大久保だな、大沢の代わりに。小島のところは山崎か秋谷だな。やっぱり30代だ。東京 は大久保、山崎だ。人材が必要になってきた。上田君なんかもよい。身体が一寸弱いな。西は西中だな。 都(議)会に上原京子と平光礼子の2人を出そう。田中さんも名古屋も良いな。婦人で全部やろうか。都会議員は原則として衆院には出ない。今の衆院の若いも のばかりの、良い団結のところへ変な先輩が入り込んではまずい。(中略)竹入の一声だよ。竜も藤原も出さないでゆこう。22~25名位にしよう。 (第13回社長会 昭和43.7.8 )

 「委員長を引き受けるときから、人事は学会にあると、明確にされていた。選挙にしても人事にしても、党内はみな学会を向いている」元公明委員長・竹入義勝の手記  『朝日新聞』 平成10年9月17日付


書籍紹介ほか

学会情報を読む

  • 実名告発 創価学会

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    「平和」を掲げてきた創価学会はなぜ変質したのか――。 学会本部の中枢から排除された3人の元青年職員が、「愛する創価のため」権威主義化した本部を徹底糾弾。
    第1章 安保法制容認は名誉会長の意思とは真逆だ
    第2章 幹部職員のありえない官僚化・権威化を暴く
    第3章 意見する人間を徹底排除する本部執行部
    第4章 同志と共に「正義の闘い」に挑み続ける
    第5章 『週刊金曜日』編集部が著者に聞く創価学会への疑問

  • 司法に断罪された創価学会

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    学会員には知らされない、司法で断罪された事例の数々。

  • しつこい勧誘・訪問に

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  • パナマ文書に
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    宗教法人が租税回避地に謎の法人設立?

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    「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」
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