信徒時代から狂っていた本仏義
創価教学は、今まさに「釈尊本仏義」へとじわじわと会員へ浸透させる工作をおこなっている。その創価教学に深く関わってきた宮田創価大学教授は、近年、独自の本仏義等を発表してきた。宮田氏は自身のHPで、驚くべきことに学会が正宗信徒時代から、その本仏義を捻じ曲げる画策を行って来たことを告白している。
以下は、宮田氏が発表した文献から引用する。
宮田氏と学会教学の関わり
私は新潟短期大学に在職していたころ、東洋哲学研究所の研究員を兼務しており、SGIの広報から、東洋哲学研究所に、海外のSGI会員向けに、コンパクトな教義書を発行したいという趣旨の協力依頼があったので、何人かの研究員とともに、教学部のメンバーなどと一緒に『創価学会の理念と歴史』の作成準備に関わったことがある。(中略)教義に関しては日蓮正宗の公式教義書である『日蓮正宗要義』を踏まえて書くように指示された。(中略)
『創価学会の理念と歴史』の作成において、他に留意すべき点として、海外において日蓮本仏論を強調することは、SGIが仏教団体ではなく、仏教から派生した異端のカルト団体とみなされる可能性があるから、その表現に注意してほしいということであった。
(SGI各国のHPの教義紹介の差異について http://hw001.spaaqs.ne.jp/miya33x/sgihp.html)
宗祖本仏義を否定
日蓮は歴史上の人物であり、日蓮本仏論はその日蓮を釈尊より上位の仏として主張することであるから、海外のSGIの運動をカルト批判という脅威にさらす可能性がある。もちろん日蓮本仏論が日蓮自身の重要な主張であるならば、弾圧覚悟でその主張を維持することが、宗教的使命であると思うが、日蓮自身の真蹟遺文や信頼できる直弟子写本にも、そのような思想の形跡が見られないのであれば、そのような後代に派生したと思われる教義のために弾圧を受けるのは、世界広宣流布のためには障害にしかならない。
私は南山大学宗教文化研究所と東洋哲学研究所との合同シンポジウムで上記論文を発表したとき、日蓮本仏論を採用せず
(http://hw001.spaaqs.ne.jp/miya33x/sgihp.html)
SGIサイトからは宗祖本仏義を削除!?
SGI各国のHPで日蓮仏法をどのように公式に説明しているかを調べてみようと思う。残念ながら、私の語学的能力の限界により、調べることができるのは、英語とドイツ語のHPだけに限られる。そのほかの語学能力があり、私と関心を共有して、調べていただける方がいれば、私の大学のメールアドレスまで連絡をいただければ、うれしく思います。とりあえず、SGIのHPの「Buddhism(仏教、仏法)」の「Overview(概観)」の「Origins of Buddhism(仏教の諸起源)」、ならびに「Life of Shakyamuni(釈尊の生涯)」「Lotus Sutra(法華経)」「Life of Nichiren(日蓮の生涯)」、さらにそれぞれの項目につけられている詳しい記述の英文を必要な範囲で引用し、それに対する私の試訳をつけ、さらにその内容にコメントを加えるという形で、議論を進めていく。さらに本仏論に関連するはずの「Buddhist Concepts(仏教の諸概念)」の「Who is a Buddha?(誰が仏か)」を検討する。それらの中には凡夫本仏論はみられるが、日蓮本仏論はない。もっとも日蓮本仏論が全くないというのは、不正確であり、HP下部の「SGI Resources(SGI教材集)」の「Dictionary of Buddhism(仏教辞典)」には「True Buddha(本仏)」という項目が収録されており、それについても検討する。
(http://hw001.spaaqs.ne.jp/miya33x/sgihp.html)
南無妙法蓮華経は、宇宙と生命を貫く根源の法です。
釈尊は、人々の苦悩を自身の苦悩としその解決法を探究しました。
その結果、宇宙と生命を貫く永遠にして普遍である根源の法を、自身の生命の内に覚知し、仏(仏陀)と呼ばれました。
SGIの釈迦本仏義にあわせ、創価学会も!!
【破折】
日蓮大聖人と釈尊の勝劣
応仏昇進の仏・釈尊●五百塵点劫という久遠の昔に修行して成道した仏。
『我本菩薩の道を行じて、成ぜし所の寿命、今猶未だ尽きず。』(法華経)
「如来寿量品第十六では釈尊が成仏したのは五百塵点劫という想像もできない遠い昔であると久遠実成を明かし、迩門の始成正覚の三身を破して久成の三身をあらわした。また報身をもって正意とするため正在報身という。しかし久遠実成を明かしても、その報身は三蔵の応仏が次第に昇進して寿量品で自受用身として顕れたものであるゆえに忠仏昇進の自受用身という。また五百塵点劫の昔に成道したという果を中心に示すので本果妙の仏ともいう。」 (学会発行・仏教哲学大辞典第三版)
久遠元初の仏・日蓮大聖人
●根源の仏・日蓮大聖人
『釈迦如来五百塵点劫の当初、凡夫にて御坐せし時、我が身は地水火風空なりと知しめして即座に悟りを開きたまひき。』(三世諸仏総勘文教相廃立)
「法華経如来寿量品第十六に釈尊の真の成仏の時として説かれる五百塵点劫久遠の当初の意。久遠は遠い昔、元初は根本、あるいは初めをいう。無始無終の妙法を自身の当体と開覚する根源的な成仏の時を指す。また、時間を超えた永遠にして根源的な無始無終の妙法そのもの、あるいは我が生命が無始無終の妙法と一体であると開覚する根源的な成仏そのものを指しているとも言える。」(学会発行・仏教哲学大辞典第三版)